2016年12月4日日曜日

躾(しつけ)の始め時

子どもの躾はいつ頃から始めたら良いのでしょうか。乳幼児を育てている親にとっては重大な問題であり、気になる問いかけではないでしょうか。
「躾は、子どもが生まれたらできるだけ早く始めるべき」という教えに私は賛成します。言葉もわからない赤ちゃんに躾?といぶかる方がおられるかもしれません。勿論、お尻をたたいて「ダメって言ったでしょ」という躾をすることを良しとしているのではありません。おむつを替えている時に静かにしていない赤ちゃんをたたいていいわけがありません。泣き止まない赤ちゃんを、激しくゆすぶるような親もいるようです。が、これは危険です。頭が激しく動かされると脳が頭蓋骨に当たって、深刻なダメージを受ける可能性が高いのです。これらは躾になっていません。
 赤ちゃんへの躾とはどういうことなのでしょうか。それは、『愛に基づいた親の指導』です。例え子どもが嫌がっても、正しいことであれば、親はそのことを子どもにさせるという気概と勇気を持つことです。ある医師がこのようなことを話していました。ある母親が電話をかけてきたそうです。その内容は、
『生後6ヶ月の子どもが、泣き止みません。熱があるようです。』
という事でした。医師が母親に聞きました。
『熱はどのくらいありますか』
母親の答えは
『さあ分かりません。子どもはぐずって泣き続けて熱を計ろうとしても余計に鳴き声をあげるのです。』
このお母さんは、赤ちゃんの言いなりになっているようです。赤ちゃんのことを心配しているものの、その時にするべきことをする気概と勇気を持てていないのです。つまり、赤ちゃんの言いなりになっているのです。この調子で、赤ちゃんのわがままを放置して、赤ちゃんのわがままを増長させてしまうと躾の機会を失うことになります。ですから、「躾は、子どもが生まれたらできるだけ早く始めるべき」だと思うのです。『愛に基づいた親の指導』は早すぎることはないのではないでしょうか。

2016年10月2日日曜日

「良い子」のために

乱暴な分け方かもしれませんが、子どもの性格には二種類あるように思います。それは、生まれつき穏やかな性格の子と、生まれつき頑固な性格の子です。如何でしょうか、二人以上お子様を育てている方は理解しやすいのではないでしょうか。一人の子が自分を強く主張する子で、もう一人が何でも言うことを聞いてくれる子だとします。このような場合、親は聞き分けの良い子は「良い子」でいて当たり前と思い込んでしまうのではないでしょうか。面倒なことがあると、聞き分けの良い「良い子」につい声をかけ、頼んでいるかもしれません。ぐずって、駄々をこねる子に頼み事をするのはめんどくさいと感じるのではないでしょうか。更に、誰かが我慢しなければならない時には、「良い子」がいつも我慢することになっているかもしれません。結果的に、穏やかな性格に生まれた「良い子」は、損な役割に立たせられていることが多くあるのではないでしょうか。
しかし、これは考えものです。このようなことが繰り返されて行く結果、重大な結末を招かないとも限りません。いつも、我慢させられてきた「良い子」は、そのうちに自己主張をすることを諦めて、自分の心の内に閉じこもってしまうかもしれません。そして、脅すわけではありませんが親に恨みを抱くようになるかもしれないのです。このようにならないために、親は子どもの心をよく見てあげることが大切です。従順な「良い子」に注意を注いであげるのです。頑固な兄弟に負けないで、自己主張をすることを許し、遠慮をしないで好きなことを選択する機会を与えるのです。子育ては、食べさせることだけでも大変ですが、見えない心を受け止めてあげることが伴いますからますます大変です。比較的に育てやすい、いわゆる「良い子」の為に、親は多くの注意と努力を傾けることが大切だと思います。

2016年9月4日日曜日

がまん

物が豊かにある世の中で、親が子どもに「がまん」を教えるのは優しいことではないと思います。現代社会の中で、親が抱える問題の一つは、子どもに物を与えすぎないようにするということでしょう。
年末年始にかけて、おもちゃやゲーム関係の会社がテレビやチラシでコマーシャルすることに集中しているように感じます。これは、明らかに子ども達の注意を惹きつけるためです。コマーシャルを出している会社は、子どもこそ最大のお客様であることを熟知しています。子どもの関心を掻き立てるのです。
このような環境の中で、親が簡単に、繰り返し繰り返し物を買い与えていくと、かえって子ども達の喜びを奪ってしまうことになるのです。なぜならば、前から欲しがっている物がついに手に入った時にこそ、大きな喜びを味わうことができるというものです。お腹がすいてすいてどうしようもなかった子が、1粒のキャラメルで気分が晴れる。このキャラメルはどんなゲームソフトよりも価値があるでしょう。がまんをした結果のキャラメルの美味しさは味覚を刺激し、記憶に残ることでしょう。同じように、何かを渇望することがなければ、手に入れた喜びを味わうこともできないでしょう。歩き始める前の子どもに自転車を与え、免許を持っていない高校生に自動車を与え、お金の価値がわからない子に高級宝石を与えても、それは本当の意味での喜びとはならず、満足を子どもから奪うことになるのではないでしょうか。
欲しいものを願い、夢にまで見て待ち望む。このような経験のない子はある意味で可愛そうです。人は、本当に欲しいものならば苦労したり、働いたりして、それを得ようと努力をするでしょう。そして、その努力の結果、手にした物を大切にするでしょう。物の価値を自ら味わい、大きな喜びを得るのです。ですから、時には、親が子どもに、がまんをさせるすること大切なのです。

2016年8月7日日曜日

夫からの理解が大切

妻は、夫から理解されることが何よりも大切なようです。小さな子どもを育てている母親にとって、夫からの理解は何よりも嬉しいのではないでしょうか。如何ですか。
小学校に上がる前の子どもを育てている母親は忙しさの只中にいるのでしょう。子どもが二人三人といた場合、その忙しさは二倍三倍ではなく二乗三乗となっていくのではないかと思います。朝から晩まで一休みをする暇がありません。トイレにも子どもがついてくるとか。精神的なストレスは人並みではないようです。絶え間なく続くおしゃべり。繰り返される質問攻撃。これらは母親の神経を落ち着かせない心理的連続攻撃になりえます。更に、危険なものを見分ける力が備わっていないので母親は目が離せません。体力的にもついて行くことが辛くなっていきます。朝は元気にスタートしたとしても、夕方になると母親はもうヘトヘトになります。ヘトヘトになった頃から夕食の準備。夫が帰る頃は疲れのピーク。このようなことが毎日続いているのではないでしょうか。
そうした時に、夫が妻にできることは何でしょうか。妻は何を夫に望んでいるのでしょうか。このことをご夫妻で話し合ってみるのはどうでしょうか。夫が妻に望むこともあるでしょう。そのことも合わせて話し合うことです。妻も夫もお互いを理解し合ってこその夫婦です。気持ちを話し合えたらそれだけで解決は近いのです。誰か一人でも自分の気持ちを理解してくれる人がいる、と思えるだけで人はかなりのストレスに耐えられるものなのだといいます。夫が妻の話を、ただ聞いてあげる。共感して聞く。同意して聞く。これだけで昼間のストレスやフラストレーションは軽減されるのでしょう。例え、夫が何か具体的な手助けをしなくても、妻を思い、妻の問題に共感し、わかってあげるだけで妻は「明日も頑張ろう」という気持ちが湧き上がるのかもしれません。とかく解決策を考えて行動に移したくなる男性は、「ただ聞く」ということが苦手のようです。一言も二言も言いたくなる気持ちをこらえて、聞くのです。一方、妻は、男性のこのような特徴を理解してあげて、話をし始めましょう。

2016年7月3日日曜日

本の読み聞かせ

私が小学校二年生の時、帰りの会になると担任のY先生は本を読んでくれました。その本の題名は「エルマーの冒険」私たち二年生はその本を読んでくれることを楽しみにしていました。先生が出張で帰りの会にいない時にはガッカリしたものです。子どもに「本を読みなさい」ではなくて、本を読み聞かせることの大切さを知っていただきたいと思います。
ある調査で、10ヶ所の幼稚園の園児たちに調査をしました。本の読み聞かせをしてもらっている子は200数十人中、たったの二人だけだったそうです。幼稚園の先生方は話し合ったそうです「親から本の読み聞かせをしてもらっている子どもは、そうでない子どもに比べて色々な面で良い生活をしている」と。読解力が付くだけではなく、先生やお友達同士のやり取りをうまく行えるそうです。そして、自信を持って安定的な生活をしている傾向を感じるそうです。一方、テレビが本に代わっている傾向が強く見られることがはっきりとしたこの調査から感じることは、そのようにテレビだけで育っている子は、学力面だけではなく、親子関係、友人関係、人格形成にも良い影響を与えられていないことだそうです。
親が子どもを膝に抱えて本を読んであげる、或いは、子どもの横に寄り添って本を読んであげると、とても大切な時間が流れていくのです。それは、親子の触れ合いの時になるのです。子どもは質問をしてくるかもしれません。答えてあげることによって好奇心を満たせます。絵を指さします。その時に「そうだね」と同意してあげることによって安心と信頼が育ちます。読み聞かせの時間は、親子の大切な時間となるのです。子どもにとっては貴重な学びを親から直接受ける時になります。親にとっても子どもと触れ合える楽しい時間になるでしょう。読み聞かせは親子の絆を育てるのには絶好の機会になるのではないでしょうか。本を読むことで、親が子どもに意識的に時間を取ってあげる。そうすることで、将来大きな結果を子どもにもたらすことになるのではないかと思うのです。

2016年6月5日日曜日

お母さんの手、お父さんの手

「手」。とても大切な器官です。仕事をこなす手。字を書く手。物を持つ手。便利で大切です。物が持ちやすいのは、親指があるためです。更に、長さが違う5本の指ですが、物をつかもうとするときには平面に5本の指が接するようになっています。また、手のひらには温度を感知する能力が備わっています。「肌さわり」という力もあって、触ったものが何であるかを判別する能力もあります。手は、複雑な機能が備えられた大切な器官であることは説明しなくても良いでしょう。きょう、「手」について付け加えたいことがあります。それは、手には心を伝える役目もあるということです。
あなたの手は子どもにとって、掛け替えのない手ではないでしょうか。お母さんのやわらかい手でおむつを取り替えてもらったことを子どもは忘れないでしょう。包丁を持ってお料理をしているお母さんの手を見て、「スゴイ」と感じている子がいるでしょう。手をつないでお買いものに行ったことをはっきりと覚えている子もいるはずです。お父さんの手も大事な手です。大きくて力強そうな手に憧れている子どもがいるでしょう。温かい手で抱っこをしてもらうのが大好きな子もいるでしょう。右手はお父さん、左手はお母さんと繋いで、間でぶら下がる事を楽しみにしている子もいるでしょう。手を通して親の愛情、優しさが伝わっていくのです。
一所懸命に子育てをしているあなたの手は、子どもに暖かさと安心感を与えているのです。子どもを受け入れ、安心させ、助けるという大切な役割が手にはあるのです。ですから、暴力の為に手を使うのではないということをはっきりと認識いたしましょう。子育てをしているお母さんの手、お父さんの手は、子どもにとって大切な手なのです。子どもの心に愛情を伝えることができる温かい手です。安心感を覚えさせることができる柔らかい手です。その手のぬくもりは、子どもにとって一生涯の思い出となるに違いないと思うのです。

2016年5月15日日曜日

権威と放任

あなたは、子どもに権威的に接していますか。それとも、子どもを放任的に育てていますか。厳しく接しているか、甘く放し飼いのように接しているか。さて、どちらでしょうか。
どちらがいいのかと言われたら、どちらも問題ありと答えます。権威的であれ、放任的であれ子どもの人格にそれなりの傷を残すことになると思うのです。自由が認められない権威主義的な親に育てられた子どもは、屈辱感で心がいっぱいになっているかもしれません。家庭内の雰囲気は、堅い、、暗い、つまらないの3拍子。子どもはいつも何かに怯えながら暮らしていることでしょう。自分のことを自分で決めらずに、強圧的な親に心は踏みにじられています。しかし、放任も子どもにとってはマイナスです。親が親としての責任を適切に果たさないなら、子どもは幼い頃から自分こそこの家の中心、この家になくてはならない主人であるかのように行動することを学んでしまいます。世の中は自分を中心に回っていると思い込み、一番身近にいる家族をさげすむようになります。そのように育った子どもの親は、疲れ果てていきます。そして、絶えずイライラしているでしょう。放任されて育った子どもが、好青年になり、立派な大人になっていくのなら少しの疲れやイライラは我慢ができます。が、ことはそんなにうまくはいかないのです。
健全な子育てとはどうしたらよいのでしょうか。権威を振りかざし、強圧的になるではなく、放任を決め込み、子どもに何の手も差し伸べないでもない。ちょうど良いバランスを取ることです。この絶妙なバランスを親も実践を通して身につけていくのです。失敗はつきものです。「ヒヤリ」としたり「ハッ」としたりしながら親も成長していくのです。私は大丈夫と開き直り権威主義にならないように。また、「もうだめだ。子育てできない」と投げやらないように心のバランスを保ちましょう、「育児」「育自」心がけていきましょう。

子育てブログ 引越し

2016年度から子育てブログはこちらになりました。

以前の子育てブログはこちら。
http://kawagoeefc-m.blogspot.jp/